敷蒲団の古い形は古代の“上莚(うわむしろ)”と呼ばれている物で、これは長方形、四周に額縁状の縁を付け中に薄く真綿を敷いてあり、側は絹でした。一方、掛蒲団は「衾(ふすま)」と呼ばれ形は敷蒲団と同じであったが平安から鎌倉において衿や袖のついたものも生まれ、着ていたものを掛けて寝具としていました。
戦国時代に木綿が普及し、寝具も普及することとなった。この頃に衾から「夜着」が生まれ、絹のものも高級寝具として上層町人に普及した。
幕末に入り、現在のような掛蒲団、敷蒲団といったかたちに移り変わっていくが、成巽閣には前田家奥方の伝来品が保存の良い状態で残されており、夜着は展示の品を含めて8点を数える。婚礼調度の中で夜着の数は20〜30とかなり多かったようです。