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有職雛 夙姫

寛永雛から始まった長顔系の雛は享保雛を経て有職雛を生み出しました。

享保雛は当初、小さいものでしたが、財力を付けてきた商家で愛好され衣裳の豪華さと大きさを競うようになて行きました。

然しながら贅沢さへの傾斜からともすれば装束は慣行を無視したものになりがちでした。有職雛はこうした状況に対して宝暦の(1751〜64)、京都で作られました。

位や年齢、季節よって異なる公卿(くぎょう)の装束を礼式にかなうように有職故実(ゆうそくこじつ)に基づき正しく雛に仕立てたもので、明治以降この名で呼ばれています。正装、常用など着せ替えの装束を持つ雛もあり、公卿が特別に注文して作らせたものです。

宮中に仕え公式の装束の制作を行っていた高倉家、山科家に衣裳を作らせたことから高倉雛、山科雛とも呼ばれています。両家では人形に合わせて裂地も別に織りました。

また、一般の雛と区別し「親王雛」とも名づけられていました。夙姫(あきひめ)の出自は鷹司家、家紋は牡丹、御奥と一番大きな有職雛が所縁の品とつたえられています。

  

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